静岡県ボランティア協会

誰もが安心して暮らせる社会を目指して

新しい年を迎えて

━━━理事長 小野田 全宏

 
静岡県ボランティア協会は、今年43年目を迎えます。私がボランティアに関わりを持たせていただいたのは、1965年(昭和40年)4月に重症の障害児をもつ親たちが、静岡市のほぼ中心部にある水落公園の一角に蓆(ムシロ)を敷いて、せめてこの子らにも子どもらしい遊びの喜びを味あわせてあげたいと“青空教室”を開いたという新聞記事を見たことがきっかけで、その時からもう55年目になる。昭和30年代の奉仕活動(ボランティア活動という言葉は40年に入ってから使われた)は、BBS(Big Brothers and Sisters Movement:少年少女たちに、同世代の兄や姉のような存在として、一緒に悩み、一緒に学び、一緒に楽しむボランティア活動)や赤十字奉仕団、盲学校点訳奉仕会などによって行われていたが、40年代になって、在宅障害児問題がクローズアップされ、在宅障害児一日保育活動が始まり、静岡市心身障害児者のための奉仕活動連絡協議会(42年)や清水市青年奉仕活動連絡協議会(43年)、金谷町福祉の町づくり奉仕活動連絡協議会(48年)が民間レベルで組織された。40年代後半にはボランティア活動の重要性が叫ばれ始め、50年代のボランティアブームへと続いた。その背景には、オイルショックや福祉見直し、高齢化や福祉モデル都市づくり・ノーマライゼーションなどの取り組みへの流れがあり、水落公園での青空教室に参加した学生達が街頭募金や在宅障害児への理解を求める運動や活動を行い、“障害児が安心して生活出来る場づくりとしての『いこいの家』建設運動によって、1974年(昭和49年)7月に静岡市心身障害児通園施設「いこいの家」を完成させた。そして、前述した“ひとつの出会い”が運動として積み上げられ、自分達の活動拠点づくりへと結集され、その力は留まることなく大きな力を生み、1976年(昭和51年)に『静岡ボランティアビューロー設立準備会』を発足させ、翌1977年(昭和52年)4月に静岡市立青葉小学校体育館にて静岡県ボランティア協会の設立総会が開催され、本協会が発足した。
今、時代は大きく変わろうとしています。その流れは留まることなく、余りにも激しいものになっています。本当の豊かさ・大切さ・人と人との関係性・在り方に戸惑うことばかりです。私自身が、ボランティアの世界に入った機会は前述したとおり、重たい障害を持った子ども達との関わりでした。子ども達との関わりがあってこそ希望と・夢と・明日への期待を自ら持ち得られるものでありました。今年の生き方として、“素朴でも”の文字を自分の言葉としてひとつひとつを大切にしていきたいと思っています。素朴は、『自然のままに近く、あまり手の加えられていないこと。人の性質・言動が素直で飾り気がないこと。また、そのまま』と言われています。私自身、重たい障害を持った子ども達との関わりの中で、人間の素晴らしい愛を教えていただきました。人と人との関わりがあってこそ、希望と・夢と・明日への期待を自ら持ち得られるのではないでしょうか。顔の見える関係を第一に、ひとつひとつを大切にしていける生き方を、今年はコツコツやっていきたいと思っています。